戦後時代
中学生まで住んでいたk町には,僕らが「焼け跡」と呼んでいた遊び場があった。横30m.縦40mはあったか、小学生終わるまであったと思う。赤煉瓦の塀な白いタイルの壁の残骸があちこちに残っていて、僕らは屋根を付けたり「ボッカンスイレン」と言う遊びで放課後を過ごしていた。今は綺麗な一軒屋が立ち並んでいる。歩く時に磁石を引っ張りながら「アカ」と言う銅や鉄屑を探していた仲間もいた。ロバのパンて言う巡回パン屋もあり、のどかではあるがあまり豊かな生活ではない毎日だった。「シンペイサン場可哀想だねまた寝て泣くのかな」とかを仲間と歌っていたまだ昭和20年代、たしかにそんか少年時代があったのだ。戦後80年、戦争を知らない人ばかりになりつつある、世の中剣呑になってきてはないかな、まさかとは思うがやはり戦争をしたい他国を攻撃したい人がまた増えてきたのかもしれないなあ、とK町時代を思い出した。

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