人生のfailure
人生における失敗て言うのは何回もある。明石での事、大阪での商売時代のこと、その他度々ある、それは自分の無知であり、責任の取り方のまずさであり、先を見ることへの恐怖であり、何よりも自分に返ってくることへの予想予知の無さなどなどである。そして今もまたその失敗は少しずつは微小になりながらも終わることがない。人に負けない位の大きな失敗がありながらなかなかそれは無くならない。してみると私は失敗と言う表札の付いた人生なのかも知れない、いやおそらく多くの人は私と似たようなものなのであろう。すると問題はその失敗を無くそうとすることではなく、そのことへの対応の仕方なんだろうと思う。失敗を活かすなんてことではなく失敗したことに心落ちしないようにすることではないか、と考えだした訳であります。鳥も通わぬ地獄谷よ!小林旭かいな!
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