教訓

 今回の愛phoneの機種変で分かったことは、「何処も」にしても「英雄」や「柔らかい銀行」もそのショップは車の販売店と同じで、機種の売りそのものはあまり利益がない、そこでデータの移行手続きを複雑にするとかバカな老人からいろんな諸手続き大丈夫を巻き上げる、また古い充電器は使えないとかで利益を上げる,いわば資本の論理が貫徹されている,てわけだ。「陸汁」とか「洞洞」なんて水回りメーカーもちょっと故障すると1時間ほどで10000円と言う修理費を取るのもそう言う論理だろう。
 かと言って今更携帯電話を無しにと言う選択肢も取りにくい、「分け入っても分け行っても青い山」みたいな心境になるのが畢竟老いたる世界の風景ですな。
「奄孫」や「顔の本」とかもまあ現代に生きる若者には多少厄介になるわけでそれからなかなか離縁出来ないようなパラダイムを作りあげてあるわけです。だから嫌なら「方丈記」のような生活をするしかない訳ですな。あの元弁のH先生の「赤木さん何歳になっても知らないことばかりですよ」と言う言葉が懐かしく心に響いて来ますよ。

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