落葉樹  ⑤

 封書の裏を見ると堂崎美菜子とあった。
美菜子の弟、堂崎真蔵は愛媛県卯之町で新聞配達をしていた。40数年前、亮輔が単身赴任で卯之町の分繊と縫製の工場に工場長として単身赴任していた時に居酒屋で知り合った。やがて工場は売却されて、新しい小さな倉庫を借りて縫製工場だけ残した。多くの社員や女工さんが辞めて行く中で彼が入社した。それ以来の付き合いである。
 彼は共産党の党員であったが、活発な政治活動をしているわけでは無かった。
 春先に一時帰宅からまた卯之町に帰った時に、松山からのバスの中で具合が悪くなり、辛抱が出来なくて15分ほど手前の中崎町で下車した。堂崎の自宅があるのを知っていたからだ。バス停から電話すると彼が迎えに来てくれた。彼の自宅はいわゆる田舎の平屋造りで、喘ぎながら玄関を上がると彼の姉が布団をひいて待っていてくれた。それが美菜子であった。その日から2泊3日彼の家で養生した。彼女が何故3日も自宅にいるのか分からなかった。真蔵の話では高松に嫁いでいる、と聞いていたからだ。彼女が離婚して自宅に帰っていると分かったのはほぼ快復してその家を辞する日だった。
 それから、何日か経って御礼をしたいと彼女に申し出た。
私が二週間後に大阪の本社に出張する日に松山で会った。卯之町では人目がある、と彼女の弁だったからだ。

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