僕らが子供の頃  


 僕らが子供の時代なら70過ぎたら「超老人」だった。着古した浴衣で床几に腰掛けて団扇であおぎながら、近所の老人と話ししていた。床几では子供が将棋をしていて、時々「そんな手はあかん」とか口を挟んでいた。
 今そんな景色を見ることはない。コロナだからではない、そんな路地が無いし、裏庭がとなりと地続きという風景が無くなった。
昭和30年、近くに焼け跡、病院が空襲で焼け壁の一部がタイル付きでまだ残っていた時代だ、そこで遅くまで遊んでいた。
 そこの裏壁から見える田んぼ越しに夕焼けが綺麗に見えていた。
少年が1人まだ陽の沈まぬ時間を長く見ていた。
 その場所も今は一戸建てが数軒並んでいる。
遊び場だった寺の柱は風雨にさらされ、銀杏の樹は老木になった。村は「街」になり少年たちは老人になった。そして誰も居なくなった。

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