十年前

 あの津波の光景は、そこに人なんか居ないと思っているから、「ああ津波はこんな風になるんだ」とミニュチュアの実験かの様に見ていた。やがて、何千の死者と不明者の発表で、あの波の下に逃げ惑う人、押しつぶされる人、押し込められた人がいる、と知ることになる。まるで映画をみるかのように、宿直室のテレビを見ていた。 
 10年経ったいま、まだ4万人の避難者が居るとの報道を見ると、まだそんなに居るのか、もう10年か、と思ってしまう。あの阪神大震災では、事業所の机が傾いたくらいだったが、大阪までの道のりは震災の破壊の結果を見て通過しながら、やはり何か記録映画を観ているようにしか思え無かった。災害とはやはり、自分の身に起こらないと、自分の肉親に悲劇が起こらないと身に染みないのかと思った。
避難者のドキュメンタリーなどを観て涙することはあるが、遠く離れた場所である、との思いはどこかにいつもある。子供の時から台風の時、雨戸を締め切って家にこもるというのは好きだった。不謹慎だがそうだった。地震、台風、あまり自然災害の無い地域に住んでいるせいかもしれないが、そう思う。
養老孟司が「自分の死は自分だけのこと、親しい人の死は人を変える」とか言ってた。
そうだなあ、と思う。

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