釜山と言えば   


  初めて行ったのは呉さんとかな?金浦空港で「キムアガシ!」と怒鳴られた、当時、1980年代.男と女はクンネソン(国内線)は入り口が別々だった。搭乗券が女性用だった。ヘウンデ(海雲台)のコンドミニアムに泊まりブチャンマジャ(屋台)で飯を食った時、アジュマ(女主人)に「娘が新宿の百人町にいるがどんなとこか知っているか?」と聞かれた、「名前くらいしか知らない」と答えた。アジュマは娘が心配だと泣いていたなあ。
(後日気がついたが、入り口が間違い、ではなく搭乗券を間違えて持っていたのかな?)

ヘウンデに自殺の名所があり50mの断崖だった。立て札があり「チャンカンマン タシハンボン センガキジュセヨ」とハングルで書いてあった。「ちょっと待てもう一度考えて」と言う意味だ。弁理士のハ(河)先生にこの話をしたら「赤木センセ、よくハングルが読めましたね」と。   読めないよ!

♪トラワヨ ブサンハンへー♪

とこんな昔話をしていたら、釜山で買ったブーツ、昨日履いていったが、帰宅したら左足のチャックがどうしても下りない、押しても引いても下りない、苦闘30分、諦めて鋏でファスナーを切った。もう履けない、気に入っていたのになあ!まあもう7年か、仕方ないか!"オッチョイ スゴ オプソ!"

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