ところで  s3〜

 「ところであなた何処から」と女は返事の代わりに聞いた。
「大阪です」光輔
「仕事ですか?」
「はい、宇和島にというか卯之町ですが、あなたは?」
「高松からで、宇和島からの帰りです」
「お仕事は?」
「家具の販促展示会に」
「ところで今、何を読んでたの?」
「これです」と"伊豆の踊り子"の文庫本を見せた。
その外見には似合わない読み物に急に興味を失った。
 特急は東予を過ぎたところだ。光輔はここで小さな縫製工場をやっていた保護司の松岡はまだ健在なのだろうか、そしてすこしヒステリックな夫人は?と思い遣った。そしてそこで黙々とミシンを踏んでいた元受刑者の横顔が浮かんだ。

隣の席の女性もいつのまにかまた本を読み出した。
我々は一言も口をきかなかった隣の客のように無言のまま、そしていしづち2号は高松に着いた。

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