男鹿島    (16)


 篠山菅四郎さんは香川県の引田の漁師である。佐垣十郎の遠縁にあたるらしいが、殆ど血は繋がっていないないと言うくらいの遠い親戚だ。ここのハマチの養殖の師匠である。小柄であまり喋らない50過ぎの男である。必要以上のことは喋らない。我々にも佐垣十郎にも、しかし引田では伝説の漁師だとはどこからか聞こえて来た。ハマチかやがてブリ、とこの魚のことは頭の先から尻尾まで知り尽くしていると言うことらしい。
 汚い麦藁帽子でいつも網の中を覗いている姿しか浮かばない。養殖網のそばの掘立て小屋に寝泊まりし、週末には引田に帰っている。酒も飲まないらしい、あんな3畳ほどの汚い部屋で夜は何をしてるんだろうと、幸市たちは話していたが、そのうちそんな話もしなくなった。網の交換に新しい網の一片を細い綱で結び、反対側から引き上げる。徐々に新しい網を生簀に掘り込んでいくときだけは喧しく声を張り上げた。

ある時、網交換が2つ終わった時「昔はな、底なし網だった、しかし何ハマチが大きくなってそれこそ鰤になったらいくら餌をやっても海面までこなくなったさ、それから底有り網に変えたのさ、しかしなあそのおかげでしょっちゅう網交換が必要になったのさ」と説明してくれた。網の目が餌の残骸や流れ藻で塞がれると酸欠でハマチが死んでしまうからだ。その話を聞いてから私達は篠山さんを「カンさん」と呼ぶようになった。

 

      


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