男鹿島   (19) ..


   ある日、坊瀬島から岩島本島の北回りで姫島港に行く用事が出来た。その日は幸市と佐垣兄の太郎の二人だけで行った。養殖網の補充のためだった。本島の北を周り男鹿島が見えて来た頃にエンジン音がおかしくなった。まるで喘息のようにゼイゼイ言っている、佐垣はエンジンを切ったり、ゴスタン、ゴウヘンを繰り返し、また一度エンジンを切った。この船はディーゼルエンジンである、音は大きい、調子の良い時のエンジン音はまるで機関車のような力強い音がする。当時は焼玉エンジンが多かったがこの船はディーゼルに付け替えたとの事だった。さてもう一度エンジンを掛けると調子の良い力強い音がし始めた。さあ出発とギアを入れるが入らない、ゴウヘンに入らないのだ。バックつまりゴスタンは入る。船の舵は構造上前身の進路変更は効くがバックの舵取りは車のようには行かない。何回やっても前進が入らない。夕方の4時、天気予報にもあっだが、風が強くなってきた。20回は試したが無理だと諦めた。 彼は船が岸に近づいていると言う。波にあおられて自然に本島北の磯場に寄せられている、船が岸に近づくと我々二人は船から降りて岩場から支えた、船の側板を押した、岩場には牡蠣やフジツボが張り付いている、足を何ヶ所か切った、痛くはなかった、やがて南への波に乗り岸から船は離れた、我々はもう一度船によじ登り、錨を下ろした、そしてバックし、錨を引き、またバックして船が固定したか確かめた。船の舳先と岡山の山の位置が変化しないか、見定めた。彼は落ち着いていた。幸市は落ち着いてはいないが、岸から30mくらい、もし座礁したら泳いで岸に渡れるから船の心配だけすればよい、と考えた。

今夜はここで寝るしかない。

携帯電話のない時代だった。

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