「八百法門」とは

 仏教的俗語ではあるが仏教をよく表しており、つまりそれだけ分かれて行った教えでも「仏教」つまり仏で括られる、かたやキリスト教に「聖書」が800もあれば、、と司馬遼太郎さんは説く。

 キリスト教徒間に冷酷悲惨な宗教対立はあったが、仏教徒間の大いなる争いはあまり聞いたことがない、ここらあたりに二つの宗教の秘密があるのだろう。これは私の私見ですが、、、

この城はご存知でしょうが、一度も戦乱に紛れたことは有りません。

華厳経の「三界唯心」なかなか面白い。全て世界の理解の仕方、つまり割り切り方である。少し軽率ではありますが、、、

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