人間と大江健三郎と

 人間と言うのは何をするにつけその行いに意味をつけたがる動物である、と言うよりも何かをする時に意味=価値を見出さないと納得しない動物と言ってよい。例えば、ジャガーが危険を冒してカイマンを捕獲するのは"腹が減ったから"であり、生きる為やと自らに言い聞かせるわけじゃない。ミツバチが花の蜜を汲んできて蜂蜜を作るのは結果であって、何かを意図したものではない、すくなくとも意味をもたせるなどと思うミツバチはいない。
人は何をするにも理由が要る。今回大江健三郎を読んだのは何故か、若い頃何故読んだかを知る為に、若き日熱読した作家の確認の為に、と意味付けしたがり、そして読む。何の意味もなく何かをする事にどこか罪悪感を感じるのが"擬似知識人"の性であろうか、だから?
 つまり、意味もなく価値もない旅や歩きや島巡りをしたらいいじゃないか、友達との喋りや酒飲みもしかり、と考えた訳ですよ。
しかし、どうも纏まりのない文章になったね。

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